2006年 日本
監督:園子温
出演:吹石一恵 つぐみ 吉高由里子
【あらすじ】
島原紀子は田舎の平凡な女子高生
新聞記者の父・徹三と妹のユカ、母親の妙子のごく平凡な家庭で育ってきた。
紀子はそんな田舎の平凡な家庭で暮らす事が嫌でたまらなかった。
そんな時、全国の若者が集まる「廃墟ドットコム」というサイトを見つける。
何でもありのままに話し合うサイトの常連達に共感を覚えた紀子は
常連の中でもカリスマ的な存在である「上野駅54」さんに会いに行くために
停電の隙に家を抜け出し、東京へと向かう。
そこで彼女が目にしたもの、そして、彼女が果たさなければいけない役割とは・・・
園子温監督による「自殺サークル」の続編にあたる作品です。
と言っても僕は「自殺サークル」を観た事が無いのですが、
観なければ困るといった所はあまりないようで、
先にこの作品を観ても問題はありません。
公開当時はあまり話題にはなりませんでしたが、
評論家からは非常に高い評価を得ており、
特にジャーナリストの宮台真司氏はこの作品を「戦後の邦画ベスト5に入る」と大絶賛しています。
戦後の邦画ベスト5というのは言い過ぎかもしれませんが、
かなりレベルの高い作品であるということは間違いないでしょう。
この作品、個人のアイデンティティーと集団、特に「家族」における「役割」がテーマとなっております。
理想の家庭だとか、理想の人間関係といったものがありますよね。
そういうのは誰でも持ってはいるんですけど、色んな理由で結局は叶えられない場合が多い。
でも、それがささいなものであって、簡単に叶えられる程度のものであったとしましょう。
例えば、主人公紀子の父親は田舎街に暮らす平凡な地方新聞の記者で、彼の持つ家庭もまた平凡です。
いつもと同じことを繰り返すだけの毎日です。
でも彼は過去の経験から
「ごく平凡で幸せな暮らし」をすることが理想であって
彼自身も、「小さな田舎町の平凡な家庭を持つ平凡な新聞記者」としての「役割」に満足しているのです。
この場合、確かに彼自身は良いかもしれません。
ですが、その理想を押し付けられている側、
彼の娘達からすればどうでしょう。
主人公の紀子は
「小さな田舎の平凡な家庭で一生を終える新聞記者の娘」
としての「役割」を押し付けられることに嫌気がさし、
そこから抜け出そうとします。
一人の人間が理想を叶えようとする事は、
立場の弱い人間の理想を奪ってしまうのではないでしょうか。
この映画では、そこがキーポイントとなってきます。
でも、そのような二通りの人間がいることは社会の道理であって、
人々の多くがその強い方になろうとするのではないでしょうか。
この作品ではそのことを、シャンパンとグラス・花と花瓶
ライオンと草食動物の関係を例に挙げて説明しています。
例えばライオンはウサギやシマウマを食べるけど、
そのウサギやシマウマがいなくなる、つまり
ライオン的な人物が構築した「理想的な関係」から、
それに不満を持ったウサギ的な人物が抜け出せば、
どうなってしまうのか。
サバンナの世界では肉食動物の方が草食動物に比べて数が少ないので
このようなことは滅多に起こり得ませんが、社会の中ではどうでしょう。
誰しもがライオン的な人物になりたいはずです。
ライオン的な人物が構築していた「理想的な関係」は崩壊してしまうのではないでしょうか。
現に、紀子の家庭も彼女が家出したことによって・・・
ライオン的な人物の飽和。それを解決するための手段として、この映画では「レンタル家族」が登場します。
理想の家族・友人・恋人を持ちたい人の元へ人材を送り、一時的に
それぞれに見合った「役割」を演じさせる有料のサービスです。
例えば、身寄りのないお年寄りがそのサービスを利用して、
一定期間の間だけ、暖かくて優しい、テレビドラマのような家族を演じてもらうといったものです。
幸せそうな家族、しかし・・・
契約が終わるとこの通り先ほどのライオンと草食動物の例で言えば、自力で餌を獲ることができない
ライオンの為に大人しい草食動物を分け与えるといった感じです。
このレンタル家族のメンバーの多くは自分の「役割」を見出せない人々
彼らは何回も色んな人物を演じていくことにより、
様々な「役割」を演じることこそが自身の「役割」であると認識するようになります。
これは一種の洗脳のような側面があって、このサービスを提供している組織は
必ずしも光だけではなく、どこか闇の側面を持っているという印象を受けます。
なぜかというと、このサービスを提供する人々の理想的な「関係」というのは様々で、
当然その中には人間の「死」を含んだ関係も存在しているんです。
このようなステージの高い「役割」を請け負うのはメンバーの中でもベテランの人間。
いくつもの人物を演じてきた彼女らは疑うことなくその「役割」を引き受けて死んでいきます。
彼女達が請け負った役割とは・・・このような危ないサービスなのですが、
利用者の数は非常に多いようです。
なぜなら、現実の関係よりもずっと良いから。
現実の関係なんていうのは一旦崩壊すると立て直すのは難しい上に、
必ずしもそれが理想的な関係とは言えません。
ところが、レンタル家族の場合はそうではない。
なにしろ最初から虚構なのだから、壊れることもない。
おまけに利用者の好きなように関係を構築することもできます。
(しかも、映画を見る限りではかなり安い!)
じゃあ、レンタル家族にも負ける本物の家族とは、一体何なのか。
そんなものに頼る個人は一体何なのか。
そして、現実の家族も、こんなものではないのか?
この作品ではその問題に真っ向から向かい合い、
これらが持つ矛盾をえぐり出していきます。
決して家族をポジティブに描かず、ネガティブなものとして描いているように感じます。
近年、「家族の大切さ」や「愛の強さ」をテーマにした作品が多い中で
この映画は異質であると言えます。
だからこそ、高い評価を得ているのかもしれませんが・・・
ストーリー ★★★★★
スリル ★★★★
おバカ
グロ ★★★★
テーマ性 ★★★★★
追記
この作品に出てくる廃墟ドットコムというサイト
実在します。
グーグルなどで検索すれば簡単に見つかるはずです。
劇中の雰囲気そのままです。これにはビックリ
現在は、この映画を観た海外の映画ファンによるアクセスが
多いようです。


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1965年 アメリカ
製作・監督 ロバート・アルドリッチ
出演 ジェームズ・スチュワート リチャード・アッテンボロー
【あらすじ】
サハラ砂漠上空を飛行中だったタウンズ機長の輸送機が砂嵐によって不時着してしまった。
そこは砂漠のど真ん中、救助隊が来るあてもなく、水は数日しかもたないこの状況で
男達は生き残るために必死で行動を起こすが、どれも失敗してしまう。
だが、ドイツ人の青年ドーフマンがあるとんでもないアイデアを思いついた。
それは、破損した輸送機のパーツから、新しいプロペラ機を作るというものだった。
無謀な計画だが、助かる道はそれしかない。果たして男達はこの死の砂漠から脱出できるのか
「何がジェーンに起こったか?」などで知られる名監督、ロバートエルドリッチの作品です。
出演者もジェームズ・スチュアートをはじめ、渋い役者さんがそろっています。
そんな粒ぞろいのキャストなんですけど、死ぬ時はアッサリ死んでしまいます。
何か格好のいい遺言を残したりとか、そんなことは一切ありません。
ある人は砂漠で行き倒れになったり、またある人は助かる見込みがないことを悲観して自殺してしまったりと、
どんなに顔が渋くても、性格が男前でも、アッサリかつ生々しく死んでしまいます。
個人的にはギターを持った気のよさそうなあんちゃんが不時着の際に
ガレキにつぶされて死んでしまったことがショックでした。
(死体は映さず、ガレキからはみ出た手とその側にギターが転がっているのがキツいです。)
そういう点では、実にハードな映画です。
この映画では墜落した輸送機を改造して脱出するといった話なんですけど、
そこには登場人物達の様々な確執や悲劇がこれでもかと言わんばかりに繰り広げられます。
例えば、勇敢なイギリス人のハリス大尉とその部下ワトソンの関係。
ワトソンなんて聞くとかのシャーロック・ホームズの相棒みたく
物凄く知恵が立って役に立つ人なんて印象を受けるんですけど、
この映画のワトソン君はひどい臆病者で、全然役に立ちません。
上官と一緒にオアシスに行くのが嫌で、
足を段差にひっかけて捻挫したふりをしちゃったりします。
それが真面目なタウンズ機長にバレちゃって、完全に信頼を失ったりと
もうこの映画の男達の中では一番情けない立場にあります。
でも現実に即して考えてみると、誰だってそんなことをして死んじゃうのは嫌ですから
彼のやっていることの方が現実味があるのかもしれませんね。
そして、ジェームズ・スチュアート扮するタウンズ機長とハーディ・クリューガー扮する
ドイツ人航空デザイナードーフマンの確執。
タウンズ機長はそれはもうベテランでして、飛行機の操縦に関しては専門家と言ってもいいほどの
知識を持っているわけなんです。
ところがドーフマンときたら、
皆がチョビチョビと大事〜に飲んでる水を勝手に飲んじゃったりする、空気の読めない、年配の方から見たらいかにもな
「最近の若者」って感じの人。
しかもこいつが輸送機の部品からプロペラ機を作り直すだなんて突拍子もないことを言い出して
最初は疑っていた他の人たちも彼の綿密な論理に感心しちゃって、次第にドーフマンに
信頼を寄せていくんだから、彼の才能を認めざるを得ない、でもそれが気に食わない。
で、この二人はいろんなことで反目しあうんですけど、リチャード・アッテンボロー扮する
タウンズ機長の助手モランのとりなしもあって、お互いを認め合うように、(どちらかというと
タウンズ機長がドーフマンに妥協したんですけど)なります。
このモランという人、皆のまとめ役のような存在で、とにかく対立を引き起こさないように
奔走しています。この人がいなければ全員水を争って殺し合いでもしちゃって
誰一人助からなかったんじゃないでしょうか。
ところが、いよいよプロペラ機が完成するという所で、
ひょんなことからドーフマンに衝撃の事実が発覚!
しかも
ドーフマン本人も自信満々にそれを言っちゃう絶望の淵に立たされるタウンズ機長!でもドーフマンは気にしてないぞ!
と、こんな風に様々な人間対人間の確執を織り交ぜながらいよいよプロペラ機「フェニックス号」が
飛び立ちます。このシーンがまたいいんですよ。
フェニックス号に乗っている(正確に言うとしがみついている)彼らの表情の
素晴らしい事!彼らの目の前にあるのは達成感と希望であって、それまでの確執は
全部砂漠のど真ん中に置いてきたのでしょう。
観てるこっちまでもがすがすがしくなる素晴らしいエンディングです。
145分と長めですが、どんな方にもオススメできる映画です。
ストーリー ★★★★ (人間関係がリアルに描かれた濃厚な人間ドラマ)
スリル ★★★★(キーパーソン的な人物があっさり死んだりします。)
オバカ ★★ (ドーフマンの行動に笑ってしまうかも)
グロ ★★ (直接的な描写は少ないのですが・・・)
漢度 ★★★★★ (アツい映画です。)

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1991年 日本
監督:北野武
出演:真木蔵人 大島弘子
【あらすじ】
聾唖者の茂は仕事であるゴミの回収作業の途中、
先が折れたサーフボードが捨てられているのを見つける。
サーフボードを発砲スチロールと割り箸で修理した茂は
翌日、ガールフレンドで同じく聾唖者の貴子と共に
近くの浜辺でサーフィンをするが、なかなか上手くいかない。
だが、彼はサーフィンに夢中になり、メキメキと腕を上げていく。
タカコはそんなシゲルを静かに見守っていく。
暑い日が続きますね。
温暖化に影響すると聞いて、なかなかクーラーに手がのばせません。
今回はそんな夏真っ盛りにふさわしい映画を取り上げたいと思います。
(いえ、ホラー映画もある意味では夏らしいと言えるんですけど・・・)
この『あの夏、いちばん静かな海』はあの北野武の三作目の映画作品となります。
北野映画と言いますと、世間的には好きな人と
嫌いな人がはっきり分かれるようでして
僕なんかはこの人のファンなのですが、
僕の母親がものすごく嫌っていまして・・・・。
その理由として、母が言うには主に
「この人はいつも自分の映画に主役として出てる、ナルシストだ」
「暴力的な描写が多い、残酷だ」という事を挙げております。
いや、確かにその通りかもしれません。
『HANA-BI』なんかはファンの僕から見ても
ちょっとクサいかなと思うところがあったり
(映画自体は良い出来なのですが)
暴力描写も、ホラー映画などで
見慣れている僕のような人間ならともかく、
そういうのをあまり見ないような人から見れば
やっぱりキツいのかもしれません。
でも、この映画はそういった北野映画が嫌いな人、
苦手な人にも是非見ていただきたいです。
たけしは一切出てきませんし、残酷な暴力描写も一切ありません。
真木蔵人演ずる主人公の茂とその恋人貴子は
聾唖者という設定のため、一切喋りません。
普通の映画だと、このカップルがそのことで差別を受けたりして
ああかわいそうなんてことになるんですけど、
この映画ではそういうことはありません。
オバカなサッカー青年の二人組から小石を投げられるぐらいです。
(この二人も悪意からそういうことをやったわけではなくて、
後々主人公に感化されてサーフィンを始めたりもします。)
かといって変に特別扱いするということもなく、
周りの人はごく普通に彼らと接します。
この二人、一切言葉を口にしない分、非常に良い表情をします。
まさに「目は口ほどにものを言う」といった感じです。
映画全体もこの二人と同じように静かな雰囲気で包まれています。
一応音楽とか、他の人の台詞とかはあるんですけど、
それでもなんとも言えない静けさが漂っているんです。
他の登場人物も皆いい人ばかりで、
悪人と言うべき人は一切出てきません。
例えば、サーフショップの店長。
他のサーファーからも親しまれている人徳のある人なんですけど、
純粋にサーフィンに打ち込む茂を気に入って、
ウェットスーツをタダであげたり
大会へ誘ったり、車で会場まで運んであげたりと、
色々世話を焼いてくれます。
他のサーファー達も初めのうちは
下手な茂を見て笑ったりしていましたが、
茂の熱心さに感心し、しだいに仲間として打ち解けていきます。
先ほど書いたオバカな二人組もいい味を出してます。
彼らは浜辺へ行く茂と貴子を見ているうちに、
自分達もサーフィンをしたくなってきてしまい
リサイクルショップで売っていた
激安のサーフボードでサーフィンにチャレンジするのですが、
彼らの行動ひとつひとつが非常に面白くて微笑ましいです。
茂達の行動を真似していって色々と失敗をするといった感じで、
あまりストーリーとは関係ないんですけど、
それがなんとも言えない良い味を出しています。
話はとにかく淡々と進んでいきます。
途中でささいな誤解から彼女と喧嘩してしまったり、
サーフィンに熱中するあまり
仕事をサボって上司から怒られてしまったりするんですけど、
どれもあっさりと解決します。
このような展開は起承転結の「転」をないがしろにしていて
映画的には駄目なのかもしれません。
しかし、あくまでもこの映画は
「茂がサーフィンに打ち込んだ夏」の話でありまして、
何かがそれを邪魔するといった「映画的な展開」は
いらないのかもしれません。
でも、この映画にも結末というものがありまして
その結末がまた非常に悲しいんです。
久石譲の音楽が悲しさを盛り上げてくれます。
音楽に食われてしまう映画っていうのは結構多いんですけど、
北野映画は久石譲の音楽が内容とうまい具合に
まとまっていて非常に良い感じですね。
「好きな邦画を十本選べ。」と言われたら、
この映画を十本のうちの一つに選びますね。
あらゆる人にオススメできる映画です。
ストーリー ★★★★★(ほとんど何も起こらない、だからこそ良い)
スリル (物語は静かに進んでいきます)
おバカ ★★★ (オバカな二人組が本当にいい味出してます。)
グロ (直接的な暴力描写は一切ありません。)
音楽 ★★★★★ (久石譲の中でも屈指の名曲)
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